ネアンデルタール人も既に絶滅してしまっているが、サピエンスよりも優れていた点はいくつもあった。例えば、彼らの脳容量は平均1550ccにもなりサピエンスの1350ccよりも大きい。*2
脳の形から、見たものを処理する視覚野の部分が大きいので、視覚に関係する能力はネアンデルタール人が勝っていたのではないかとも言われている。*3
また、サピエンスよりもやや背が低かったものの、がっしりした体型だった。そのため狩猟は大型動物に武器を持って直接襲いかかる接近戦を行っていたらしい。
「もし1対1で喧嘩をしたら、ネアンデルタール人はおそらくサピエンスを打ち負かしただろう。」という指摘もある。*4
また研究の進展で定説の修正が必要になる可能性も出てきている。
ひと昔前までは「進化とは直線的なものである」という進化観を元に猫背だと思われていたが、最近の研究ではサピエンスとほぼ変わらず背筋がピンとしていたのではないかという結果も報告されている。
脳も大きくがっちり体型なのに、なぜ絶滅したのか
2018年放送のNHKスペシャル『人類誕生』第2集では「ネアンデルタール人には社会が無かった」ことが原因だと解説されていた。すなわち集団での情報共有がないために道具の技術革新が進まなかったようだ。例えば発掘された石刃を年代順に比べると、サピエンスは時代が進むにつれて改良が進み鋭利なナイフ等を生み出していったのに対し、ネアンデルタール人の石刃は25万年もの間ほとんど変化が無かったらしい。ネアンデルタール人は10数人~20人の小集団で暮らしていたようで、同じ時期のサピエンスの150~300人に比べると少ない。霊長類では群れのサイズが平均50頭なので*5、ネアンデルタール人は霊長類の中でも集団サイズが小さいようだ。ただ、霊長類以外では数万匹~数億匹の群れで行動するイワシやサバクトビバッタ、時には10万羽以上の群れ(コロニー)を形成する例もあるというオウサマペンギンも存在する。またミツバチやシロアリ等の社会性昆虫のように形態の分化(頭部の巨大化や不妊化)によって労働カースト・兵隊カースト・生殖カーストと明確な分業体制が敷かれ、一見するとわが身を犠牲にして「利他行動」に走っているだけの個体が存在する種もある。これらの例を見ると群れのサイズが大きければいいというものでもなく、また単に「社会性」が存在すればいいというわけでも無さそうだ。
やはり昔から言われているように両者の分水嶺は音声言語能力の差ではないだろうか。
これにより環境への適応能力の差が生まれたのではないか。
言語を話す能力として必要なものは大きくハードウェアとソフトウェアに分けられる。
まずハードから見ていく。
同じホモ属のホモ・エレクトゥスは言葉が話せなかったと言われているが、それは脊髄の胸の部分が細いからだ。それに比べてネアンデルタール人はサピエンス並みに太くなっている。胸部で神経が増加しているのは声を出すときに胸部の筋肉や呼吸をコントロールするためだと考えられている。*6 また、舌骨の形からかなり自由に声を出せたと考えられている。しかし発声器官の構造として音が反響する空間が広いネアンデルタール人は明確に母音を発音することはできなかったようだ。*7
だから仮にネアンデルタール人が何らかの言語を話せたとしても、今の現生人類の言語体系とは異なるものだったと考えられている。
また脳の全体的な形も異なっている。ネアンデルタール人の方は上下に延びてつぶれたような形である。
大きさや形からの推測ではネアンデルタール人の脳は以前の人類と同じタイプで性能が向上している事が読み取れるようだ。だが、サピエンスは全体の性能は少し劣るが、新しいタイプの脳だという。*6
また、別の研究ではネアンデルタール人の小脳は小さかったとされる。筆者の記憶では小脳は運動機能を司るという知識があったが、最近の研究では実際は同時に言語や学習(ワーキングメモリ)とも関係している事が分かってきたようである。*8 *9
つまり、小脳の相対容量の差が言語能力の差につながっている可能性が高いということである。
次にソフトを見てみる。
FOXP2遺伝子に障害があると、大脳皮質の前頭葉にあるブローカ野という領域の活動が低くなり、会話や文法の理解に障害が出てしまう。だが、サピエンスとネアンデルタール人はこの遺伝子について共通のようだ。とりあえず、言語にかかわるブローカ野のソフトは問題なさそうだ。だが、ハードでも述べたようにネアンデルタール人の小脳の相対容量は小さい。つまりワーキングメモリの容量が少ないということなので、もしかすると言語アプリを使うのに必要なメモリ容量(作業机の広さ)が足りないということかもしれない。
以上の事実から考えると、サピエンスの誕生はそれまでのホモ属とは異なるアーキテクチャを持つ「人類脳 Ver2.0」リリースという認知革命が起きていたということなのだ。ハラリの『サピエンス全史』では、この認知革命によりサピエンスが宗教等のフィクションを信じるようになったとの趣旨だったが、例えば「平和」というような抽象的思考、概念操作はそもそも言語がないとできないと言われているので、おそらく言語の誕生と同時に認知の変革も生まれたのだろう。ネアンデルタール人の住居跡等の遺跡からはストーンサークルやはしごのような絵画が見つかっているし、死者の埋葬も行われているので、ある程度の抽象的思考は可能だったかもしれない。しかし、総合的に判断するとやはりサピエンスのそれとは次元が異なるレベルだったのだろうと思われる。
結論
"小鳥のシジュウカラには二つの連続する鳴き声を一つのまとまりとして認識する能力があることを、京都大白眉センターの鈴木俊貴特定助教らの研究グループが4日までに発見した。二つの単語(「黒い」と「犬」)を一つのまとまり(「黒い犬」)として認識する「併合」はヒト固有の能力と考えられており、ヒト以外の動物で確認されたのは初めてという。9月24日付の英科学誌、ネイチャー・コミュニケーションズに掲載された。
これまでの研究で、シジュウカラの鳴き声には警戒を促す「ピーツピ」や仲間を集める「ジジジジ」などがあり、モズなどの天敵を追い払う際には「ピーツピ・ジジジジ」と鳴くことが分かっていた。
研究グループは国内の山林でモズの剥製とスピーカーを使い、野生のシジュウカラの群れの反応を調べる実験を実施。同じスピーカーから続けて「ピーツピ・ジジジジ」と流した場合は、多くの群れがモズを追い払う行動を取ったのに対し、2個のスピーカーから連続して「ピーツピ」「ジジジジ」と流しても、ほとんどの群れは追い払う行動を取らなかった。また、鳴き声の順番を逆にすると、どちらの場合も反応しなかったという。
鈴木氏は、二つの鳴き声が一つのまとまったメッセージなのかをシジュウカラが認識できていると指摘。「ヒトの言語と動物のコミュニケーションには連続性や共通点もあるのではないか」と話している。(2022/10/04-13:32)"
東大の助教を辞め、5年任期の教員に…シジュウカラにすべてを捧げる「小鳥博士」の壮大すぎる野望
https://president.jp/articles/-/57657
勿論、シジュウカラがヒトのようにもっと多くの単語を組み合わせて何時間も演説や会議を続けたりといった事はできないだろうし、抽象概念を操作するといった事は今のところ確認されていないので、そういった点ではやはりヒトの言語能力の特異さは変わらないだろう。だが、これまではヒト以外の動物の言語に文法があったり文章を作ったりできるとはみなされていなかったのであるから、最近の研究成果によって、より相対化するような認識の修正をする必要が出てきたのは事実だろう。
また、今年発売された『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』という本では
"生殖に関係するX染色体の遺伝子は、デニソワ人とネアンデルタール人双方ともにホモ・サピエンス集団から排除されています。生殖に関する能力は、ホモ・サピエンスの遺伝子のほうが優秀だったようです。案外、私たちが残ったのは、単により子孫を残しやすかったためなのかもしれません。"
と指摘し、ネアンデルタール人やデニソワ人の絶滅の原因については単純にホモサピエンスの方が子孫を残しやすかった=生殖能力の差の可能性を示している。いずれにしろこの分野の研究はまだ始まったばかりであり、研究の進展に従って、ある説が覆されたり今後も色々と解明されていくのだろうから、せっかちに結論を下そうとせずに研究の進展を冷静に見守っていきたい。
--------------------------------------------------------------------------------------------
※参考文献 :
『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』、更科 功、NHK出版新書
『サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福』、ユヴァル・ノア・ハラリ、河出書房
『人類進化論 霊長類学からの展開』山極寿一、裳華房、2008年
『ニューステージ 新訂 生物図表』, 浜島書店, 2007年
NHKスペシャル『人類誕生』第2集「最強ライバルとの出会い そして別れ」
*1
ただし、遺伝子解析によれば現生人類にも数%ほどネアンデルタール人やデニソワ人のDNAが含まれており、我々はネアンデルタール人等との混血だそうだ。また、従来はアフリカ人にはネアンデルタールDNAは継承されていないと思われていたが、最近の研究ではヨーロッパ人の3分の1程度のネアンデルタールDNAが継承されている事が判明した。
※参考サイト :
アフリカ人にもネアンデルタール人DNA、定説覆す
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/020300072/?P=2
ただし、記事中の「アフリカ人」がサハラ砂漠以南の黒人を含むかどうかは不明だ。アフリカ人の定義をはっきりさせてほしい。
筆者の推測ではおそらくサハラ砂漠以北のアフリカ人のみを指していると思われる。北アフリカの人々であれば今更驚くほどでもないだろう。今から5500年前のエジプト(つまり王朝成立以前)の首長の墓からラピスラズリが発見されている。この鉱物は産地が限られ、最短距離でも3700km以上も離れた現在のアフガニスタンのバダフシャーン州でしか産出しない鉱物である。おそらく直接手に入れたのではなく、中継地であるメソポタミア地域の市場で手に入れたものだろうが、相当昔から交易は行われていた事を示している。また、起源前12世紀頃からはフェニキア人が地中海沿岸での交易を活発化させている。記事では「一部はローマ帝国の拡大によって起こった可能性がある」という趣旨の記載があるが、前述したように、ローマが勃興するはるか以前から他大陸との交易・植民等はある程度行われているので、北アフリカ地域に混血するのはそんなに驚くことでもない。そもそもアフリカとかアジアとかいう分類は恣意的なものに過ぎず、スエズ地峡で地続きなのだから少なくとも東地中海地域の間の交流のハードルはかなり低いだろう。こういう記事を見ていると、月並みな表現だが「理系」にも「文系」の素養は必要だとつくづく感じる次第だ。
*2
ただし、両種とも個体差がかなり大きい。ネアンデルタール人で大きい者では1740ccにもなるとのこと。ネアンデルタール人の中にも現生人類と同じようにデカ頭もいれば小顔美人もいたようだ。また、現在の現生人類は初期のころに比べて脳容量がやや小さくなっているようだ。豊かな生活を手に入れた結果、脳が「退化」しているのかもしれない。
※出典 : 『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』、更科 功、NHK出版新書
*3
ヒトが「ネアンデルタール人」を絶滅させた ヒトより脳も大きく、ガッシリしていたのに
https://toyokeizai.net/articles/-/208287?page=2
*4
『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』、ユヴァル・ノア・ハラリ、河出書房新社
*5
『人類進化論 霊長類学からの展開』山極寿一、裳華房、2008年
*6
『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』、更科 功、NHK出版新書
*7
ネアンデルタール人はヒトのように言葉を話すことができたのか?
https://gigazine.net/amp/20190613-did-neanderthals-speak
*8
ネアンデルタール人の「脳」、仮想立体モデルで復元 研究
https://www.afpbb.com/articles/-/3172723
*9
"小脳は筋肉に動きの指令を出すというよりも,入ってきた感覚信号を統合する役目を果たしているようだ。"
小脳の知られざる役割
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0311/cerebellum.html
やはり最近の研究の進展で悪しき要素還元主義パラダイムはどんどん駆逐されていっているようだ。「木を見て森を見ず」の要素還元主義パラダイムの弊害は大きいとつくづく感じるし、行き着く先はロボトミー手術というノーベル賞黒歴史であろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿